2017/02/05 04:02

              
  第一回目は、私が市民研究員として参加している、島根県立大学北東アジア地域研究センター(NERAセンター)の研究員であり、島根県立大学の教授でもある村井洋教授(政治思想史)の御退職記念最終講義「ハンナ・アーレントの政治学」にインスパイアされて、少しコラムを書いてみたいと思います。私がハンナ・アーレント関連で読んだことがあるのは、上記の2冊「ハンナ・アーレント 中公新書」と「ハンナ・アーレント講義 論創社」です。
 ハンナ・アーレントは、ドイツのケーニヒスベルク(現:ロシア共和国カリーニングラード)のユダヤ人家庭で生まれ、ドイツの大学(マールブルク大、ハイデルベルク大)で哲学を、ハイデガーやヤースパスから学びます。その後、ナチスのユダヤ人迫害を受けて、フランスのパリ、そしてアメリカのニューヨークへ亡命します。
 アメリカの地で、アーレントは「全体主義の起源」(1951年)、「人間の条件」(1958年)、「過去と未来の間」(1961年)、「革命について」(1963年)、「精神の生活」(1978年)(いずれも日本語訳あり)といった政治思想、政治哲学の名著を執筆します。
 アーレントを世界的に有名にしたのは、イスラエルのモサドが、ナチス時代にユダヤ人ジェノサイドを主導したとして潜伏先のアルゼンチンから拉致、逮捕した元親衛隊中佐のアドルフ・アイヒマンのテルアビブで開かれた裁判リポートでしょう。
 アーレントはアメリカの有名雑誌「ニューヨーカー」の特派員として、アイヒマン裁判を傍聴し、リポートを執筆、発表するわけですが、その内容が、多くのユダヤ人に攻撃され、物議をかもしました。このあたりの経緯は映画「ハンナ・アーレント」(マルガレーテ・フォン・トロッタ監督)を見ていただくとわかりやすいと思います。
 さて、私が読んだ上記2冊ですが、中公新書については、アーレントの生涯について概観するには非常にわかりやすいが、アーレントの業績なり理論を知る上ではあまり役にたたないと思います(私は哲学用語や哲学的思考に慣れていないせいもあるので、西洋哲学に慣れている人にとってはまた違った価値があるかもしれません)。そして、論創者の方ですが、ジュリア・クリステヴァという研究者が、トロント大学にて行った連続講義の講義録です。読んではみたものの、あまり哲学的素養のない私にとっては、分かったような分からないような感じです。ただ、内容的にはそれなりに、アーレントの思考について整理・分析されている印象を受けました。
 しかし、この2冊をよんでから、村井洋教授の講義を聞くと、非常に頭に入ってくるから不思議なものです。やはり本で勉強するだけでなく、人の話も聞いた方が理解が格段に高まるということだと思いますし、村井洋教授の講義が素晴らしいということもあると思います。
 講義内容をもとに、解説すると、アーレントの業績の一つとして「政治は活動(action)である」「アーレントの学は、存在の政治学」という概念を打ち立てたことであります。つまり、人間として活動する(新しいことを始める、自己をさらけ出す、自己の存在を認めてもらいたい欲求)手段として政治があるということで、ギリシャ時代の「ポリス」のように、自由闊達な議論が保障されている公共の場で行われる活動こそが政治であり、それによって人間は自分の存在(あるいは自分が生きる意味)を確認できるということです。自由と権力の関係についても、二項対立のかんけいでなく、言論活動等の自由な(政治)活動の結果(課程)から生じ活動をまとめ、結合する力が「権力」であるとしています。すなわち、権力VS自由というステレオタイプなものでないということです。
 また、アーレントは全体主義についても、①人種主義(白人優秀、アーリア人の高潔性、ユダヤ人、黒人、黄色人種は劣等)、②帝国主義(官僚制の発達によって、少ない人数で、多くの植民地土人を効率的に支配するシステムの構築化)→最初は植民地だけの話だったが、だんだん本国にもそうなってくる(例:ドイツにおけるアーリア人とユダヤ人・スラブ人との関係)。③テロルや恐怖により暴力支配(突撃隊、親衛隊、秘密警察など)によって公の場で言いたいことが言えなくなってしまったり、友人や家族に対しても密告が横行する→思考が停止する、といった現象が全体主義を生むと看破しています。
 アーレントは、さらに、アイヒマン裁判についても、アイヒマンはナチス上層部から言われたことを忠実にこなしただけの木っ端役人にすぎない(悪の「凡庸さ」紋切り型の言葉遣い→思考の欠如→大量殺人計画になんの疑問も抱かない)と論じ、そしてゲットー(ユダヤ人コミュニティー)のリーダーがユダヤ人の名簿を親衛隊に渡してしまった、と書いたものだから、イスラエルロビーのものすごい攻撃を受ました(小林注:このあたりは映画「ハンナ・アーレント」に出てくる。また、ワルシャワゲットー等でユダヤ人リーダーがナチス親衛隊の手先となって自警団をつくり、ユダヤ人を取り締まっているシーンなども他のナチス関連の映画で見た記憶がある)。
 その他、講義の中で驚いたのが、論文検索のヒット数がでハンナ・アーレントが第6位という高ランクであることである。アカデミズムのなかではそんなに有名なのかということを知った。ちなみに、1位はフロイト、2位はフーコー、3位はカール・マルクス、4位はマックス・.ウェーバー、5位は、デリダ、7位がアダム・スミス、8位がハイデガー、9位がハーバマス、10位がラッセル、11位がJ.M.ケインズという順番です(2017.1.25調べEBSCOによる)。
 と、まあ書評と講義の概説ですが、中公新書を読んでから、ハンナ・アーレントの著書の日本語訳を読んで、政治哲学なり政治思想史を幅広く学んでいけば何か新しい地平が拓けるのかな?という予感がしました。あとはもう少し哲学用語なり哲学的概念に慣れ親しむことが大事なのでしょう(第一回目はここまで)。